読書ごっこ|解夏

第7回:解夏 さだまさし (幻冬舎) 文章:2012年10月12日

【読書ごっこ】は私がこれまでに読んできた本の中で、特別な想いのある本を紹介していくコーナーです。

“お金のニオイがする歌手”
正直なところ僕は「さだまさし」という名に良い印象は持っていなかった。歌声そのものは心地よいかもしれないけれど、 “効率的に人を泣かせる” ことに特化された彼の歌は、よく比較される南こうせつの等身大の歌詞とは反対に、常にお金のニオイがしていたから。

映画化されているのも知らず、この「解夏」との出会いは2010年。もしも飛びきりの美人にこの本を借りることがなかったなら、僕は一生そのイメージ(さだまさし嫌い)を払拭できずにいたかもしれない。

“こちら側の世界”
読んだのはその年のお盆だったと記憶している。窓際のベッドで読み始めてすぐに感じたのは、僕はこれらの小説に出てくる登場人物たちが好きだということ。これは本当に珍しいことだけど、僕という人間からみても「こちら側」の人間が描かれているように思え、なにやら人生初の不思議な感覚を味わうことになった。

※   ※   ※   ※

表題作の『解夏』をはじめ『秋桜』『水底の村』『サクラサク』と計4編が収録されている。
この『秋桜』がもう絶品なのだ。
心を奪われたと言っていい。
 

〜『秋桜』私的あらすじ〜
主人公は、日本の農家に嫁いだフィリピン出身のアレーナ。尊敬していた舅も亡くなってしまい、ひとり息子の太郎を抱え、姑の喜久枝にキツい小言をいわれながら過ごす毎日。

夫は、当時働いていたスナックで彼女に惚れ込んだ田舎育ちの男である。もう日本人の男に恋などすまいと心に決めていた22才の彼女にとって、ただ人の良さそうなその男は決して魅力的ではなかった。おまけに彼の父親(後の舅)までもが突然現れ「あなたは売春をしたことがありますか」と聞いてくる始末。

しかし彼女が農家に嫁いだきっかけは、そこで舅が言ったことばにあった。
「嫁に来てくれるとなりゃ……宝もんだ」「実際にそういうことがあろうがなかろうが、私ら親子でその人を護らねばならんからね……そういうことがあったかなかったかで、またはっきりと護り方も違うからね」

宝物。護るべきもの。
堪えがたい日常に光が射す、ささやかな一編。


さだまさし

さだ・まさし
一九五二年長崎市生まれ。國學院大学中退後、七二年に「グレープ」を結成、「精霊流し」「無縁坂」などが大ヒットする。グレープを解散後、シングル「線香花火」でソロデビュー。二〇〇一年、初小説『精霊流し』がベストセラーになる。他の著書に小説『茨の木』、新書『本気で言いたいことがある』、エッセイ『美しい朝 もう愛の唄なんて詠えない <第2楽章>』などがある。(文庫本説明文より・写真はオフィシャルサイト)


 
田舎特有のしきたりや古い価値観。思わずうなずいてしまう嫁姑のやりとり。
アレーナの物語は、波瀾万丈のハッピーエンドではないけれど、決して不幸ではない。

生前、蜂の巣箱をつくり、副業として蜂蜜を売っていた舅の春男が、家族の前で話しをする。
小さな蜂は、幼虫にエサをやる仕事を任され、花から蜜をとってくる作業はさせてもらえない。大きくなると互いの羽を震わせこすり合わせることで、水分を蒸発させて蜂蜜をつくる仕事を担うという。春男に言われるがまま、温かくなった巣箱に手を突っ込んだ夫が蜂にさされ、あっと声を上げた。
彼の手当をしながら、面白いもんでな、と舅はつづける。
「蜂はな、巣を襲ってきた敵を迎え撃つのは年寄りの役目なんだに」
蜂は尾の針を失くすと死んでしまうことから、未来のある若い蜂にはそんなことをさせず、もうすぐ死んでしまう老いた蜂が闘うのだ。

「自然界の方が理に適っとるに。人間は、若いもんを盾にして年寄りが生き抜くに。人間だけがそんな馬鹿げたこと、するんだに」
 
 
本当に当り前のことだけれど、倖せとは、まわりの評価や物質的な要素ではないわけで。
何より自覚しなければならないのは、僕らは「人間」という動物であり生き物の一部であるということ。
 
 
作中、息子の太郎が「ぼくってあいのこ?」と良いながら帰ってきたときに、アレーナの前で姑の喜久枝が見せた行動。そしてその姑の口から、タイトルにもなった秋桜=コスモスの由来が語られる。

昔から考えるのは、自分より下の世代への対応。三十路を前にして『寛容力』という言葉の重みを様々な視点から実感している。巷では、裏で文句を言うだけで何もしない人間が、群れることで行動的な若者を排除し「支え合って」いる姿が多く見受けられるが、この本に登場するようが人々だって多く存在しているのだと思うと、この世界に少し希望が持てるような気さえしてくる。

※   ※   ※   ※

一冊を通して流れるゆったりした時間。色々な意味で大切な本になってしまった。
もう、さだまさしを「小説家」としてしか見られない。
 
 
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さだまさしオフィシャルサイト 

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