読書ごっこ|本を読む女

万亀は本を読むのが好きなだけの平凡な女の子。しかし突然の父の死と戦争の始まりによって、彼女の人生は否応なく時代の流れに巻き込まれてしまう。進学、就職、結婚という人生の岐路において、常に夢や希望を現実に押しつぶされつつも、読書を心の支えに懸命に自分の人生を生き抜いた万亀。著者自身の母親をモデルに、一人の文学少女の半生と昭和という時代を描いた力作長編小説。(文庫本裏表紙より)

第5回:本を読む女 林真理子 (新潮社) 文章:2003年10月13日

【読書ごっこ】は私がこれまでに読んできた本の中で、
特別な想いのある本を紹介していくコーナーです。
読書を楽しんでいただけるように、なるべくネタバレなしで紹介していきます。
※尚、この文章は2003年に書かれたものです。無断転載は厳禁です。

 
“小説家・林真理子”
10代の終わり、自動車教習所にちんたらと通っていたときに、百円でこの文庫本を買った。
学校近くの本屋で何度か林真理子のエッセイをめくったことがあったし、高校二年の入院中に「ロストワールド」を買ってきてもらって読んだこともあった。つまり、まったく林真理子がはじめてというわけではなかったのだ。
林真理子ってホントにすごい。この「本を読む女」は林真理子の圧倒的な力量に触れるきっかけになった本だ。

この本、まずタイトルのタイポグラフィと装丁が良い。(トータルで見てなかなか素敵な装丁だと思う)「著者自身の母親をモデルに……(略)」というところに魅かれたのもあるが、そんなふうに深く考えず、何気なく買ったものでも、忘れられない大切な本になってくれるのだから本を読むのは止められない。

――とここで検索かけてみたら、NHKから「夢みる葡萄~本を読む女~」ってタイトルでドラマ化されてるじゃないですか! 菊川怜主演、その他そうそうたるキャスト。お話も原作とは開きがあるみたいだけど(原作をそのままTVドラマにしても絶対ウケない)、少し面白そう。モデルになった(林真理子の)お母さんも観るなんて、なんかすごい気もするけど微妙。

〜私的あらすじ〜
時代は大正。菓子商を営む家に生まれた万亀には、兄がひとり、姉が三人いた。姉たちはそれぞれ手先が器用だったり、歌がうまかったりするのだが、万亀にはそれが見られず、ただ本を読むことが好きな少女が育っていき、元号が昭和に変わったところからこの物語は始まる。

校長の一言によって進路は決まり、万亀は東京の女専に通うことになった。
はじめはおじけづいた女専の華やかさや、着飾った級友たちの中に少しづつ打ち解けていく万亀だったが、彼女には結婚した姉たちがどうしても倖せだとは思えなかった。結婚なんかしないでずっと本を読んで暮らしていきたいと思う。
大陸への想い。就職のこと。読んできた本のこと。結婚と戦争。
読書を支えに昭和を生きた一人の女性の半生記。



林真理子

林 真理子(はやし・まりこ)
昭和29年4月1日、山梨県生まれ。
日本大学芸術学部文芸学科卒。「最終便に間に合えば」「京都まで」 で直木賞、「白蓮れんれん」で柴田錬三郎賞、「みんなの秘密」で吉川英治文学賞を受賞。
他に「ミカドの淑女」「女文士」「不機嫌な果実」「みんなの秘密」「美女入門PART1 1/2/3」 等、著書多数。
(左の写真は、1999年に刊行された「ロストワールド」の新聞広告)


 
とても文章がうまい、というのが第一印象。
時代背景などは見事にイメージ化されてるし、高いところから下へ流れるように、自然で巧みにあやつられた文章。僕はうまいものとキレイなものはたいてい好きだったりする。こういったコントロールされた文章を好むのは、僕が小説を読むにあたってマゾヒスティックに臨んでいるせいだけれど、この小説には機械的なコントロール性は感じられず、それをはるかに上回る文章的な「育ちのよさ」を感じさせられた。

どういうことかというと、ピアニストが「三歳からピアノ弾いていました」というのと似た感じ。三歳からピアノをはじめさせる親にはやはり音楽的なものを持っているはずで、子供はたぶん、無意識に美しい音を出すコツを身体で会得していく。音楽が染み込んでいくように。林真理子の驚異的な文章的教養の一端を、この小説のモデルとなった母親から見ることができるように思う。林真理子というとテレビや新聞をにぎわせた破天荒な女性のイメージが先に立ってしまうが、彼女は宿命的に「小説家」なのだ。

シンプルでやわらかな文章なのに、どうしてこんなにも人間臭くて美しいのだろう。
文章を単体で見ても、全体の構成から見ても、母への愛のかたちとして見ても、一冊の本として見ても、どこから見ても美しいと感じる。それは僕自身が万亀に共感できるからではなく、ひとつの人生が綿々と謙虚に綴られているからだと思う。
「どうしてもこれを描きたい」という想いで書かれたものは美しい。
技術が伴えばなおさらに。

1993年、ちょうど今から10年前に出版された小説。林真理子の本は行きつけの古本屋にうんざりするくらい並んでいるので、これから少しづつ、つまんで読んでいきたいと思う。これまで読んだものは面白くよめたけれど、たぶん好きじゃない小説もたくさんあるんじゃないかな。

先に読んだ「ロストワールド」は、言ってみれば大人の話。そのためかバブリーな時代を知らない高二のガキんちょをアッっと言わせるものはなく、そのうち面白く読み返せることを期待して、今も本棚に並べてある。

 
NHK月曜ドラマシリーズ【夢みる葡萄~本を読む女~】
http://www.nhk.or.jp/drama/archives/yumemiru/

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Photographer

富永 秀和のアバター 富永 秀和 Photographer

1983年福岡生まれ。グラフィックデザイナーから転身した職業フォトグラファー。2013年に中古購入した中判デジタルでその表現力の虜となる。福岡のシェアスタジオで経験を積み2022年に上京。
40歳で総合格闘技(MMA)入門。