読書ごっこ|アニマル・ロジック

主人公は、ヤスミン。黒い肌の美しき野獣。人間の動物園、マンハッタンに棲息中。あらゆる本能を手下にして幸福をむさぼる彼女は、言葉よりも、愛の理論よりも、とりこになった五感のせつなさを信じている。物語るのは、私。かつてヤスミンとは、一喜一憂を共にしてきた。なにせ彼女の中を巡り流れる「無垢」に、棲みついている私だから……。小説の奔流、1000枚の至福。泉鏡花賞。(文庫本裏表紙より)
第2回:アニマル・ロジック 山田詠美 (文藝春秋)  文章:2003年8月8日

【読書ごっこ】は私がこれまでに読んできた本の中で、
特別な想いのある本を紹介していくコーナーです。
読書を楽しんでいただけるように、なるべくネタバレなしで紹介していきます。
※尚、この文章は2003年に書かれたものです。無断転載厳禁!

 
“買えなかったハードカバー”
この本の存在を知ったのはもう何年も前で、この本をはじめて手に取ったのも、ずいぶんと前のことだったように思う。ハードカバーの端が白く剥がれた分厚い本には、中古500円の値札が貼られていた。当時ハードカバー好きだったはずのぼくは、その本の厚さにビビり、「場所とるし、どうしよっかな~」と声に出してつぶやき、魅力的な装丁を眺め、500円という値段に決心を迫られた。
「よし、もう少し値段がさがったら買おう!」
貧乏学生だったぼくには、おいそれと買えなかったのだ。

 
“山田詠美の衝撃”
山田詠美の小説との出会いは高校1年までさかのぼる。
はじめて手にしたのは、デビュー作の「ベッドタイムアイズ」であった。山田詠美がはじめて書いたというこの小説。薄いバードカバーで、1ページの文字数が極端に少ない本だが、それはぼくに少なからぬ衝撃を与えた(400字で101枚だとか)。

話が短いからではない。はっきり言ってよくわからなかったけど、静かだが荒々しい突風が駆け抜けていくような、繊細な爪痕を残していくような、そんな読後感。ひとつ一つの文章に不思議な力があった。うまく言えないが、とにかく、15歳のぼくに新しい歌を聴かせてくれたのだ。

以来、数は多くないにしろ何冊か山田詠美の本を読んだ。(「メイク・ミー・シック」なんかも含む)それなりに楽しめはしたものの、山田詠美が好きだぁぁぁ! と言わしめるものはなく(好きだったけど)、少しずつ遠ざかっていく感覚はぬぐえなかった。

 
“再会”
そうして2003年、プー太郎になったぼくは、市内のとあるブック・オフにて「アニマル・ロジック」との再会を果たす。即決でぼくはその本を手に取ったと思う。なぜなら、あの魅力的な装丁こそ若干失われてしまったものの、それはかるくて小さな文庫本、おまけに100円だったからだ。

この1000枚の大作。著者の意気込みが違う。
個人的には、現状、山田詠美のベストはこの「アニマル・ロジック」だと思う。

 

〜私的あらすじ〜
黒人のヒロイン、ヤスミンは自らの欲望に正直に生きている。自分を楽しませる人間には、男にも女にも、黒人にも白人にも、目がない。彼女の住むマンハッタンには根強い人種差別が渦まき、日常的にさまざまな出来事がおきる。さまざまな感情があちこちで沈み込み、膨張し、破裂していく。
「黒人には、古き良きアメリカなんて言葉、どこにもないのよ」
ヤスミンはソウルという少年と出会い、少しづつ、自らも知らぬうちに変化しはじめる。

やがて原因不明の急な心臓発作により、ヤスミンのまわりでバタバタと人が死ぬ。
“私”は心臓発作の原因を知ることになる。
ヤスミンの体内で育まれる、もうひとつのストーリー。



山田詠美山田 詠美(やまだ・えいみ)
1959年東京都生まれ。
85年「ベッドタイムアイズ」でデビューし文藝賞を受賞。以後「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」で直木賞、「風葬の教室」で平林たい子賞、「トラッシュ」で女流文学賞を受賞。
他に「放課後の音符」「ひざまずいて足をお舐め」「僕は勉強ができない」「チューイングガム」など、著書多数。
「アニマル・ロジック」は泉鏡花賞を受賞。



  
まず、文章が美しく、気配りが行き届いているせいで、読んでいて心地良かった。

内容に絡むことは書いても書ききれない。それにどうせ上手く書けないだろう。
ただ、ヤスミンという女性の行動だけでも、非常に読ませるものがあるし、魅力を感じる。人種差別についても、これほどまでにリアルに意識したのは初めてだった。本当に当たり前のことだが、問題提起だったり、それを解決しようという小説ではない。何百年も前から人間に染み込んだ人種差別の伝統はなくなりはしないのだ。

アフリカで餓えている子供たちには同情できても、自分の娘が産んだ黒人との子どもは可愛がれない白人。白人にもいいやつがいるんだと言われても、ずっと惨めな目に合わせてきた白人に対して、自然に振る舞うことなんてできないという黒人。
――そんな事実が(もちろん単なるひとつの例)、ひとつ一つ、謙虚に、丁寧に、じっくりと腰を据えて書かれた小説である。

物語は、ヤスミンの血液に棲息する“私”を通して語られる。“私”は出会いを体験し、そこにもうひとつの物語がはじまる。それは一途で奇跡的な、愛の物語だ。
(死語かもしれないけれど、そうとしか言いようがない)

この文章を書いていてはじめて「アニマル・ロジック」が泉鏡花賞を受賞していたことを知り、僕は「ああ」と声を上げて納得した。だって、こんなにもロマンチックなんだから、賞に推したくなるのも無理はないな、と。(考えてみれば泉鏡花の小説をひとつも読んだことないんだけど)この小説は、これまで読んだ中でいちばんロマンチックな小説じゃないかという気さえする。

この本を読んでから、僕はたまに考える。
ヤスミンがつくったミネストローネスープはどんな味なんだろう。ソウルという少年に出会ったことがヤスミンに何をもたらしたのだろうと。

後者の問いに、僕の中のヤスミンが答える。
「そんなの、わかんないわ」と。

小説の完成度は極めて高い。この小説に出会えてほんとに良かった。おすすめです。

 

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