読書ごっこ|アンネの日記

読書ごっこ 第一回:アンネの日記第1回:アンネの日記 <完全版> アンネ・フランク (文藝春秋)  文章:2003年8月6日

【読書ごっこ】は私がこれまでに読んできた本の中で、
特別な想いのある本を紹介していくコーナーです。
読書を楽しんでいただけるように、なるべくネタバレなしで紹介していきます。
※尚、この文章は2003年に書かれたものです。無断転載厳禁!

“タイトルだけは知っていた「アンネの日記」”
初めて読んだのは中学二年。夏休みの読書感想文の仮題だったわけでもないし、だれかに薦められたからでもなかった。だれでもタイトルくらいは耳にしたことがある“有名すぎる本”。たまたま家に埋もれていた文庫本が、もともと本を読まないぼくを変えたのだ。

手にしたのは[完全版]ではない「アンネの日記(深町眞理子訳)」。ぼくは男だけれど、年齢も隠れ家で過ごしたころのアンネと同じくらいで、それほどの抵抗もなく彼女に共感をいだいた。なにしろ彼女は無防備で、こちらを拒むことを知らなかった。自分をみつめ、人をみつめ、そこでもがいていた。いつの時代も日記とはそういうもの。

しかし、どれだけ共感を持ったとしても時代の違いは決定的だ。だれもが思うように、なぜこの少女が死ななければならないのか、ぼくにはわからなかった。もちろんアンネだけがそうだったわけではない。彼女はナチの政策によって殺された600万人におよぶ犠牲者のひとりに過ぎないなのだ。

“等身大の少女と、大きな葛藤”
アンネと自分に何の違いがある? なぜ自分は生きていてアンネは死ななければならない? アンネが自分よりも悪いことをしたわけでも何でもないのに。でもアンネは、恐怖と不安におののき、両親から引き離され、頭髪、恥毛、腋毛、すべて刈りとられ、飢えて痩細り、凍え、多くの腐った死体を前に、チフスに倒れた。
数年後、アンネの母親に対する不満や、性への感心事が書かれた部分が加わり、編集し直された[完全版]を読んで、その“共感”は強くなった。より近くに感じることができたアンネ。女性ならなおさらそう感じるはずだ。

不幸とは選択肢がなく、理不尽なもの。罪があるから不幸が訪れるのではない。
にも関わらず、アンネは日記の中で光を放ち、いきいきと輝きつづけていた。
奇しくもその不幸が才能を開花させたのだ。
(ぼくは原文を知らないけれども、その文章力はかなり上質なものだ)

“そしてぼくは日記をつけ始めた”
タイトルは有名だったけれど、内容をまったく知らずに、ぼくは「アンネの日記」と向き合った。何週間かかって読んだのか忘れたが、いつでも、どこから読んでもすぐに迎え入れてくれた。そしてそれからずいぶんたったころ、ぼくは日記をつけ始めたのだった。
(日記は”毎日書かなければいけないもの”という偏見を打ち破ってくれたのが大きい)

ぼくはこの本を機に、徐々にマンガ以外の本も読み始めた。活字を読みはじめたのも、こんな風にちょこちょこ文章を書くきっかけになったのもこの本なのだ。
出会ったのが学校の教科書でなくてよかったと心の底から思う。

作者のアンネリース・マリー・フランクは、1929年6月12日、フランク家の次女としてフランクフルトに生を受けた。家庭は比較的裕福だったが、当時は景気がめちゃくちゃに悪く皆がインフレに悩まされる時代。事態は悪化しつづける。その救世主として現れたはずのヒトラーによるユダヤ人敵視政策がひろがる中、フランク家は身の危険を感じてドイツからオランダのアムステルダムに引っ越すことになる。
だが6年後、そこにもナチスが侵略の手をのばし、以前と似た状況に陥ってしまう。(ナチスのやりかたは考えられないほどひどい)そしてアンネの姉マルゴーに令状が届いたのを機にファン・ペルス一家と隠れ家に移り住んだのだった。
日記は主に、隠れ家で過ごす二年あまりの生活の中で書かれる。

当時、身の危険をかえりみず、当然のこととして友人(ユダヤ人)をかくまっている人たちがたくさんいたという。連合軍が来るまで隠れとおせた人もいただろうが、その多くが密告などによりゲシュタポ(ナチスの保安警察)に捕らえられ、連行された。フランク一家もヴェステルボルクからアウシュヴィッツへ。そこからアンネとマルゴーはベルゲン=ベルゼンへ移され、1945年3月、マルゴーが死亡した数日後に、16歳の誕生日を迎えることなくアンネは死んだ。(その環境はひどく、通常六十名が収容されるバラックに六百名が入れられ、床は遺体と排泄物ばかりだったという。餓えと伝染病が蔓延し、1945年3月だけで17,000人以上の人が、ここで死亡している)



読書ごっこ:アンネの日記関連(参考)参考
●思い出のアンネ・フランク
●アンネとヨーピー
●アンネの伝記
●アンネの童話
●アンネの青春ノート
●アンネ・フランク 最後の七カ月
●アンネ・フランクの記憶
●少女アンネ ——その足跡
●Anne Frank House



ただひとり生き残ったアンネの父、オットーが他界したのは1980年のこと。ぼくが生まれる3年前のことである。隠れ家生活を支えた中のひとりであり「思い出のアンネ・フランク」の著者であるミープさんはまだ生きているのではないだろうか。(少なくとも1998年までは確実)
アンネが生きていれば74歳。アンネのかつての級友たちも(生き残っていれば)普通に生活しているはずだ。ぼくの祖母よりも少し年上なだけで、”昔の話”ではなく、生きていたってぜんぜん不思議じゃない女性なのだ。そんな、同じような人たち(もちろん女性に限らない)が何万人も殺されていった。
(当時のドイツと日本は同盟国だから、殺されていった、という表現はおかしいかも)

最後に、1998年の「アンネの伝記」にあとがきを寄せたミープさんの言葉を、少しだけ引用したい。

「わたしにはアンネの命を救うことはできませんでした。この事実に、わたしは深い衝撃を感じています。
でも、彼女が二年間長く生きることに力を貸すことはできました。その二年間に彼女が書いた日記は、世界中の人に希望を与え、理性と個人の尊厳を訴えかけることになりました。このことは <どんな試みも無為よりはまし> というわたしの信念を裏書きしてくれました。やってみても失敗するかもしれません、でも何もしなければ確実に失敗するのです」

ついでなので、アンネにまつわる本で手元にあるものをご紹介。

■「思い出のアンネ・フランク」(文藝春秋)
ミープ・ヒース/アリスン・レスリー・ゴールド(共著) 深町眞理子 訳
隠れ家での生活を支え見守った女性が語ったアンネのよこがお。

■「アンネとヨーピー」(文藝春秋)
ジャクリーヌ・ファン・マールセン 深町眞理子 訳
日記にもたびたび登場する”ヨーピー”が打ち明けるアンネと過ごした日々。

■「アンネの童話」(文藝春秋)
アンネ・フランク 中川李枝子 訳
アンネが隠れ家で書いた童話やエッセイを、中川李枝子が訳したもの。

■「アンネの伝記」(文藝春秋)
メリッサ・ミュラー 畔上司 訳
徹底的に調べ上げたうえでのみごとな伝記。アンネの母エーディトの人間像が浮き彫りに。すごく新しい本。

■「アンネ・フランク 最後の七カ月」(徳間書店)
ウィリー・リントヴェル 酒井府+酒井明子 訳
アンネが生きた最後の七カ月に強制収容所で彼女と知りあった女性たちの声。

■「アンネ・フランクの記憶」(角川書店)
小川洋子
芥川賞受賞作家の小川洋子がアンネの足跡をたどり旅に出る。

■「少女アンネ ——その足跡」(偕成社)
E=シュナーベル 久米穣 訳
なかなかの本。同社の「悲劇の少女アンネ」はこれの縮訳版だけど、あんまりお薦めできない。

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